81年の生涯に幕を閉じたジョン・マケインを振り返る

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不死鳥と呼ばれたアリゾナ州選出上院議員のジョン・マケインは2017年7月に発覚したグリア芽腫と呼ばれる悪性脳腫瘍との1年以上に渡る戦いの後、家族や友人らに囲まれ地元アリゾナ州・フェニックスの自宅で現地時間25日午後4時28分、81年の生涯に幕を閉じた。

なぜ重要だったのか:マケインは党派政治を超えた上院最大の重鎮でした。彼は政治が党によって分断された時代においても党派性を問わず支持を得ることのある数少ない人物でした。

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マケインを振り返る

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軍人として

  • マケインは初期のキャリアを海軍の航空士官として過ごした。彼の家は代々軍人であり祖父、父は共に海軍大将を務めた。彼の息子も海兵隊に所属している。1967年10月に従軍していたベトナム戦争でハノイの火力発電所攻撃の際に撃墜、彼はそれまで22回の爆撃任務を遂行している。
  • 両腕を骨折しながらも脱出したマケインは集まった暴徒による殴る、蹴るなどの暴行を受けた上、ライフルで肩を砕かれ、銃剣で腹部を突かれるなどした後、捕虜として収容された。重傷ながら治療をなく暴力による尋問にも名前や階級、認識番号、生年月日しか明かさなかった。
  • しかし、その後彼が当時の海軍大将の子であることが分かると最低限の治療を受け生きながらえた。翌年父がベトナム戦域全てを指揮する太平洋軍の司令長官となると北ベトナムはプロパガンダの為に彼と捕虜の交換を持ちかけたが、マケインと父は共にこれを拒否、そこから長い拷問の日々が始まった。1973年に釈放されたが、彼はこの経験から肩から上に腕が上がらないなどの障害を負うこととなった。しかし、議員になった後ベトナムとの国交正常化はマケインによって主導され彼は当時、自身を拷問した人々と再開し握手を交わした。

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政治家として

  • その後、1981年に退役し下院議員として立候補する82年まで妻の実家の家業を手伝っていた。1983年から1987年まで下院議員を務め、1983年から亡くなった2018年8月25日まで32年間に渡り上院議員を務めた。
  • 2000年大統領予備選でブッシュに敗れたが、2008年大統領予備選では共和党大統領候補を獲得。初の黒人の大統領を目指す民主党大統領候補バラク・オバマと競った。
  • マケインという人物を見る際に最も象徴的だった瞬間は、2008年大統領選と昨年のオバマケア撤廃投票です。
  • 2008年大統領選におけるマケインの集会において相手候補のオバマに人種差別的な攻撃を行なった女性支持者がいた。当時共和党支持者の間でオバマが過激派テロリストと関係を持っているという嘘が流布されていた。彼女は「オバマは信用できない。彼はアラブ人だ。」などと発言した。マケインは彼女のマイクを取り上げ「違います。彼は家族を愛する真っ当なアメリカ市民です。彼と私はたまたま基本的な事柄について意見が異なるだけです。」と諭した
  • 2017年闘病中の地元アリゾナから議会に現れたマケインはトランプ大統領の支持するオバマケアの事実上の撤廃を目指すスキニー法案の通過を目指す共和党指導部と副大統領が説得を受けた。共和党は法案を通過させるために造反を2人の抑える必要があり、既に2人が反対を表明している中で最後の一人であるマケインが全てを決する立場にあった。彼は最後の投票で多くの人々の驚きを集めた反対票を投じ法案を葬り去った。多くの人は彼が賛成票を投じると考えていた。トランプ大統領の公約であったオバマケアの改廃は現在までに成功していない。

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